岡部武央というひとりの武道家がいます。 あらゆる武術の地を求め、世界を歩いている男です。 彼の“武”の旅で修行し得てきた“力”とは「生命力」。 そんな生きるための“武術”の力についてのページです。

岡部武央 “武”で生命力を高める

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内功(ないこう)の力とは!?
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写真 田中誠一

 内功(ないこう)の力とは!?


 武術とは闘いの術、「格闘(殺人)拳」ではなく、生きるための術、「活人拳」だと、武術家の岡部武央はぼくに教えてくれました。

 その岡部武央自身も元は「格闘拳」としての武術によって、強くなりたいと、空手、琉球古武術からはじまり、中国拳法、合気道、柔道、ムエタイ、ボクシング、中国散打と格闘のための武術修行をやってきた男です。
 本当に拳、蹴りを当て合うフルコンタクト空手の大きな大会で活躍したり、タイではムエタイのチャンピオンともスパーリングで闘ったりもしてきました。
 そんな岡部の最大の敵となったのがケガでした。
 何度も繰り返すケガとの闘い。
 「より鍛えなければ強くなれない」「だが、より鍛えれば身体が壊れていく」
 「どうすればいいというのか・・・」

 決まっていたフルコンタクトの空手大会にケガで出られなくなった岡部は、まるで導かれるように、武術の起源の地、インドへとひとり旅に出ました。
 
 そこで岡部は自分の今までにやってきた武術のことを考えたといいます。
 相手を一撃で倒すために鍛えてきた膂力(筋肉の力)。
 だが思い出します。
 大東流合気武術、佐川道場を訪れた際、高弟の木村達雄先生、高橋賢先生に稽古をつけて頂いた後、すでに90歳を超え、立つことすらままならぬ身体であった佐川幸義先生が、木村先生の身体に触れた瞬間、木村先生の身体が5メートル以上も飛ばされたことを目の当たりにしたこと・・・
 また、傲慢にも道場破りをやっていた若き日の岡部の鼻っ柱を折った、大日本講武会の中国拳法師範、小林直樹先生との闘いでも、自分の自信の拳、蹴りが一撃も触れることなく、小林先生の蹴りを放った空気が流れた瞬間に、交差法で迎撃されたこと。

 あれは膂力の力だけではないと感じたその力。

 岡部はその力が何かは頭ではわかっていました。
 内功(ないこう)という、筋肉の力ではなく身体の内から発する武術の力です。

 岡部はそれまで外功(がいこう)という、筋肉を鍛える鍛錬ばかりつづけてきていました。
 その外功を鍛えることに身体が行き詰まった今、その内功を鍛えてみようと思い始めたというわけです。
 そして岡部はひとつの試合に出ることを決めます。
 「散打搏撃世界大会」という、後にK1などに参戦してくる格闘家など、世界16カ国から格闘家、武術家が、中国に集まってきての大規模な世界大会です。

 岡部はこの大会でひとつの実験をしようと決めます。
 内功の力とはいかなるものか、外功を鍛えるためのサンドバック、スパーリング、ミットといった今まで試合に向けて鍛えていった練習はほとんどやらず、瞑想、タントウ、試力といった、丹田に力を溜めていく練功法という鍛錬を毎日5時間以上もつづけたのです。

 そして・・・
 岡部武央は内功の力で見事大会の階級別において世界チャンピオンに輝いて見せたのです。
 自分でも驚く力とエネルギーを岡部はそのとき感じたといいます。


 その内功の力こそが、そのときから岡部が追い求め修行しつづけていることとなった“生命力を高める”活人拳の術となったのです。
 
                     劇画作家 田中誠一


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| 武道家 岡部武央との出会い | 02:41 | トラックバック:0コメント:9
コメント
岡部様 こんな立派なページがあるとは知りませんでした。私のように何の実績もない者にとっては、理解者がいてうらやましい限りです。岡部君のように実績のある人が、私のような無名のものに並みの度量ではできることではありません。ふつつかではございますが、今後ともよろしくお願いいたします。日曜日ですが定期的に借りれるところが見つかりました。私のホームページをご覧ください。私も微力ですが、活人拳の完成にお役に立てればと思います。田中様以前より岡部君から話を聞いております。彼をよろしくお願いいたします。河野義勝拝
2005.11.08 Tue 13:38 | URL | 河野義勝
打ち間違えました。私のような無名の者に学びにこられるということは、並みの度量ではございません。と訂正いたします。
2005.11.08 Tue 13:43 | URL | 河野
河野先生ありがとうございます。

まだまだぼくも力不足ですが、岡部さんをどうにかたくさんの人に知ってもらいたいと、自分の書くという仕事を通してがんばっていきたいと思っています。
2005.11.10 Thu 09:14 | URL | 田中誠一
田中誠一様
昨日は久しぶりに小林先生から電話があり、(といっても朝用事があって留守電に入れておいたのですが。)ゆっくり話ができて、いつもの調子で岡部を頼むとおっしゃられたのには、大変恐縮してしまいました。そういえば半年ほど前に突然小林先生から電話があり「岡部に形意拳を教えてやってくれ。」とおっしゃられるのです。思わず私は「えっいきなり形意拳ですか。でも僕なんかよりもっと優れた指導者がいるでしょう。」といったらば「岡部は俺の息子だ。河野さんだから頼んでいるんだ。」といわれてそこまでいうのならまずお会いしなくちゃあと思いました。お会いしたらば、武道のために生まれてきたような人だと思い、またその感性の豊かさには度肝を抜かれてしまいました。彼は心の真っ白な人で人からどんどん吸収して大きくなる人ですが、純粋すぎるので人に利用されはしないか見ていて心配です。小林先生も私もいつもそばにいられませんので、皆で守ってあげてほしいと思います。彼のことをよろしくお願いいたします。          河野義勝
2005.11.10 Thu 16:51 | URL | 河野義勝
12月の練習予定を岡部君に連絡したいのですが、いつも留守で電話をしても連絡がつきません。12月11日日曜日及び12月25日日曜日午前11時からですが、11日は過ぎてしまいました。25日の件ご連絡願えませんでしょうか。
                    河野義勝
2005.12.17 Sat 01:26 | URL | 河野義勝
河野先生、岡部さんはモスクワへ日本大使館の仕事で行っていたみたいですね。
ぼくも知らなかったもので、連絡を取れなくてすみませんでした。

岡部さんの方からすでに連絡が入っていたら重複になりますが、20日頃から再度モスクワへ行く予定だそうで、今月末には引っ越しをするそうです。
2006.01.07 Sat 19:00 | URL | 田中誠一
今しがた岡部さんの家に電話をかけて奥様と話が出来ました。色々有難うございました。モスクワにはちょっと驚きましたが、小さなところに収まらない彼らしさを感じます。
2006.01.12 Thu 16:32 | URL | 河野義勝
驚きました
岡部君はそんな凄いやつだったんですね!
でも、不思議な共通点を感じます。
格闘空手時代の大道塾。
散打への参戦。
意拳を中心とした中国武術の研究。
田中先生のおかげで、彼の活躍が伝わり嬉しく思います。
2006.05.16 Tue 05:34 | URL | 情報武道家・空道まさわた
先週の土曜日に岡部君と会う約束だったのですが、天涯孤独で私が面倒を見ていた、伯父が危篤となり、約束をすぅっぽ化してしまいました。申し訳なく思っております。連絡を取りたいのですが、いつも彼から突然連絡があるのみで、連絡がつきません。電話をくれるように頼んでいただけないでしょうか。
2007.09.04 Tue 01:23 | URL | 河野義勝
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PROFILE

岡部武央(おかべ たけひさ)
岡部武央(おかべ たけひさ)1972年3月2日生まれ 静岡県富士宮市出身


武道歴

中学入学と共に、剣道部に入部
中学1年生時の6月に、唯心会井上空手道場(故・井上元勝先生の道場)・富士宮支部に入門
高校2年生の時に、空手と共に、古武術(琉球古武術保存振興会・総本部)も始める。
高校2年の12月に空手道初段、高校3年の6月に琉球古武術初段となる。

1990年4月、上京、花田学園・日本柔道整復専門学校に入学
琉球古武術保存振興会・東京本部にて稽古開始
6月、合気道養神館(故・塩田剛三の道場)に入門、半年間、稽古を行う。
12月、大日本講武会・中国拳法師範、小林直樹先生から中国拳法を習い始める。
12月、天空気功道開祖・越智勝三先生の気功教室に通い始める。

1991年4月、カイロプラクティックを学ぶ為、東京フィットネス学院(サイード・パリッシュ先生)に入学
7月、タイの名門・ハーパランジムにて、ムエタイのトレーニングを1ヶ月間、行う。

1992年1月、第一回トーワ杯KARATE JAPAN OPENに19歳で最年少出場し、二回戦で、士道館の村上竜司選手と対戦し敗れる。
2月、東孝先生が主宰する実戦空手で有名な空手道大道塾総本部に入門
2月、台東区リバーサイドスポーツセンターにて開催された日本古武道演武大会に参加。
4月、春季・大道塾関東交流試合、第4位
6月、琉球古武術保存振興会 二段取得
8月、大道塾・関東新人戦、特別賞
9月、秋季・大道塾関東交流試合、準優勝
12月、東京フィットネス学院・カイロプラクティック科卒業

1993年3月、大道塾体力別予選関東大会に出場、一回戦敗退。
8月、大道塾関東新人戦、第3位。
12月、 花田学園・日本柔道整復専門学校、自主退学。

1994年1月末~3月末まで、タイの名門・ソーワラピンジムにてムエタイのトレーニングを2ヶ月間、行う。(国際式 タイ国バンタム級チャンピオン ラタナチャイ・ソーワラピンとボクシングのマス・スパーを行う。)
4月末、中国・深センにて開催された遠東国際自由博撃拳王争覇賽に出場し、71kg級、2分5R、ワンマッチで中国散打全国大会第二位、中国シュワイジャオのチャンピオン楊金強選手と対戦し、接戦の末、僅差の判定負け。
6月末から約2週間、オランダ目白ジムにて、キックボクシングのトレーニングを行う。

1995年3月、中国拳法躾道会(代表師範・小林直樹先生)師範代に就任。
5月、革命塾(須田達史塾長)にて、全日本キックボクシング連盟の小林聡選手とスパーリング。
6月4日、第一回全日本ウエイト制太道選手権大会・軽量級に出場、
二回戦敗退。
6月11日、正道会館全日本新人戦グローブ空手62kg級に出場し、二回戦敗退。
6月24日、極真会館(松井派)全日本ウエイト制空手道選手権大会・軽量級に出場し、一回戦敗退。
7月中旬、アメリカ・サンフランシスコにて行われた新体道合宿に参加。
8月、白井・具志堅スポーツジムにて、約1ヶ月間、ボクシングのトレーニングを行う。
9月、正道会館東日本新人戦 グローブ空手 62kg級出場、二回戦敗退。

1996年9月から5ヶ月間、インドに精神修養の為、旅に出る。ヨーガ、瞑想等を学び、聖地を訪れる。また、南インド・ケーララ州の武術 カラリパヤットの道場を数ヵ所、訪問し、交流する。

1998年5月末、中国・深センにて開催された金ケイ首届全球散打博撃拳王争覇賽に出場し、64kg級チャンピオンの座をかけて、台湾のチョン其昌選手と対戦し、判定で勝利し、64kg級冠軍(チャンピオン)となる。
中量級のチャンピオンを決める試合にて、4年前に対戦したことがある中国の楊金強選手(4年連続全国散打大会チャンピオン、97年世界武術選手権武術散手70kg級チャンピオン)と対戦し、判定負けする。
12月末から99年1月末に掛けて、インド・ケーララ州にて1ヶ月間、空手の指導を行う。

1999年6月末、北京国際博撃散手招待試合に出場、64kg級で中国の孫涛選手(武術散手、散打博撃のチャンピオン)と対戦し、1Rペースを握るが、2R後半からバランスを崩し、3RTKO負けする。
11月、香港で開催された第五回世界武術選手権・武術散手60kg級に日本代表としてエントリーしていたが、体重オーバー(300g)で、失格となる。

12月から2000年4月まで、4ヶ月間、ネパールとインドを旅する。
ヒマラヤ、仏教の四大聖地、ヨーガの郷・リシケーシュ、チベット亡命政府があるダラムシャラー等を訪れる。
8月から12月までの4ヶ月間、インドのチベット文化圏(レー・ラダック地方)、カシミール、ラジャスターン等、ベトナム、ラオス、タイを旅する。

2001年6月~2003年4月まで、東京の高田接骨院に勤務。武医同術の研究を行う。

2002年7月、釜山アジア大会の予選を兼ねた北京―東京博撃対抗賽に出場、60kg奄ナ王進鋒選手(2001年散打王60kg級2位)と対戦し、敗退。

2003年4月から2ヶ月間、バリ島、インドネシアを旅する。
インドネシア拳法 ペンチャク・シラットの道場を訪問する。
世界最大の仏教遺跡・ボロブドゥール等を訪問。
6月からパーマカルチャー(有機農法を中心として、太陽光等、自然エネルギーを出来るだけ利用して、地球の生態系に少しでも負担をかけないように生活していく方法)を学ぶ為、オーストラリアに約1年間滞在。
WWOOFing(有機農法を実践している方々の所で、1日4時間~6時間、労働力を提供する換わりに生活する場所、食事を支給して頂くシステム)をしながら、10ヶ所程(ヨガ、気功の先生、ナチュロパシー、アーユルヴェーダの治療家、瞑想センター、チベット仏教寺院、タイ仏教の寺院の規則を守っている人、RAWFOOD(果物、野菜、ナッツ類のみを生食する方法)、ベジタリアンの料理人)お世話になりながら、いろいろな事を学ぶ。

2004年9月、岡部武央特別編集として「東洋武術で生命力を高める」(ネコ・パブリッシング)発売。


2005年5月より、中国内家拳(太極拳、形意拳、八卦掌)を王樹金老師の最晩年の内弟子・河野義勝先生(義誠国術館主宰)より学び始める。 

        
2006年10月  河野義勝先生一門と共に、台湾を訪れ、日本にはじめて太極拳を伝えた王樹金老師の墓前で演武を行う。
        
10月  北柏ファミリークリニック リハビリ科 勤務開始
                   太極拳の指導を始める。
       
12月 中国拳法 躾道会 代表師範 小林直樹先生より師範免状を授与される。
        
        
2007年4月 クリニック リハビリ科の患者さんを中心とした太極拳教室を週1~2回のペースで始める。                                          

9月 靖国神社奉納演武会に参加、太極拳を演武する。
        
10月 靖国神社奉納演武会に参加、形意拳を演武する。
        
2008年4月 中国武術・散打(武術散手)の指導を月2回のペースで始める。
       
5月 北柏ファミリークリニックを円満退職し、幼稚園から高校生の子供たちに空手道の指導を始める。

9月 靖国神社奉納演武会に参加、太極拳、形意拳を演武する。

2009年4月 ギャラリー結にて太極拳教室を始める。

現在、千葉県柏市を中心に整体を行いながら、太極拳、空手道、中国散打の指導を行っている。

また、無農薬有機栽培で野菜を育てている。

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